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エッセイ「夢路にて」

                            


「父は二年前に亡くなりました」
やはりそうだったのか。こういうことも考えない訳ではなかったが、再会へと展開する期待のほうが大きかった。

『事務局長をもう一期このまま続けていただくことに全員一致で採択した』

と少々曖昧な文章に疑問も感じたが、深くは考えなかった。

50年前に青春時代を共に過ごした懐かしい友の名をネット上で目にしたこの情報が私の心を動かした。
それは憲法九条を守る会の地方の活動状況が記されていた。同じ道を歩んでいる同志としての熱いものが込み上げてきた。
早速50年の人生を歩んできた証、音楽のCDと手紙を添えて贈った。
その返事が、娘さんの電話だった。

この情報もネットから消え失せたことを合わせると彼の病状を知る、会を運営する仲間たちの配慮のようにも受け取れ、今になって納得する。

娘さんもこちらの気持ちを察してか
「三年前に送ってくだされば好かったです。」と言う。
三年前であれば、胃がん罹患後の入退院を繰り返していたとしても心身に多少のゆとりは持てた筈。その時期がネット上に記されていた会の活動情報なのだと理解できた。

彼はもうこの世にはいない。二年前というと74歳。夫よりも10年長生きしている。縁がなかったとはいえ、青春時代に出合った友人の中で、唯一心に残る存在で影響力は大きい。失恋の空しさをいだきながらもハングリー精神で人生を生きてきた私。

そして50年経った今、魂のレベルが忘れずにいたことを認識し、再び取り残された寂しさを思った。と同時に時空を越えてもっと近い存在になったような気もした。それから一週間後の明け方のことだった。

「歌舞伎を観に行こう」

夢路を訪れた彼は券を二枚差し出して私を誘う。その顔が少々青ざめているのが気になって、「五時に」と約束をして職場に向う彼を追いかけて額に手を当てた。するとひんやりとした冷たさにぞっとした。
 私は待ち合わせの時間まで街をうろついた。何度も見る夢の中の道をさ迷っていた。やがて約束の時間が気になり、そろそろ戻るべく近道を探したが、落ち合うこともなく、食事を共にすることもなく、歌舞伎を観ることもなく夢は覚めた。
どんな夢も最後まで達することなく無念を残して終わるのが常であるが、この時はスピリチュアルな魂のレベルで通じ合ったと理解した。

「このCDは父の仏前にお供えしてから母に聴いてもらいます」
屈託のない娘さんの声がさわやかに心に響き、時の流れを想った。
                                      ゆう

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