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エッセイ「優しい時間その供


 再びボランティアの日のことです。
いつものように86歳の母親が企業戦士リタイアの息子に連れられてボランティアルームにやって来た。
谷合の田園に佇む会館はひときわ寒い。バルコニーに面した畑は霜で覆われている。

 私は母親を迎えると赤々と燃えるストーブの側に連れてきた。母親の手は意外と温かい。その手に琴の爪を渡す。
親指、人差し指、中指、今日は間違わずにはめられた。
琴の前に座ると
「ようせえへん」と言いながらも私の弾くのを真似て、コーロリン、コーロリン。爪をはめた指を交互に行ったり来たりさせ、その音色に満足し満面笑顔で「楽しいねえ」と言う。その会心の笑みを浮かべる姿に私たちは励まされるのである。

最近はただ一つになってしまったレパートリー曲さえ弾くのも億劫の様子。息子はそれでも何とか最後まで弾かせようとする。二面の琴をセッテングする労力を思い、私への配慮もあるのだろう。
母親からため息が出る。息子と私はずっこける。

これを強制することは拷問である。私が静かに弦を操るとその音色に目を細めて楽譜を見ている。
「これ! 寝るんじゃないよ」と息子が言う。
「一所懸命見てるんだよ」と母親が弁解のように言う。

「琴はそれくらいにして、お手玉とあやとりをしようか?」
ジェスチャーする私に相槌を打ち、母親と私はストーブの前に向かい合う。

意外なことが起こった。
「目はどうしたのですか?」
息子が突然、しょぼしょぼする私の目の異常に気付き、声をかけてきた。
母親を前にしての息子との私語は今まで避けてきたのだが、心配そうに声をかけてくれる様子に気を許し、事情を説明することになってしまった。

六・七年ほど前、歯の噛み合せが悪くなり、パラジウムなどの合金属治療を施してきた。それが金属アレルギー症状を起こし、もともと弱かった目に現れたのである。医学では判明しにくく難病扱いになってしまったが、口腔内に166Vの電流が常時流れ、しかもそれが電気や家電製品などが発する電磁波のアンテナとなり体内に引き込んでいる現象というのである。
これは一般の歯科医では分かりにくく、幸いこのことを研究している数少ない歯科治療師の一人に出会って、金属除去の治療が始まったばかりなのである。
西洋医学では手に負えない多くの難病患者が口腔内の金属や、根っこの空洞を治療することによって回復した例が数多く記録されており、その怖さを実感した。目は我慢できたとしても、身体の他の部位にどのような症状が現れるか想像もつかず、ガンやうつ・認知症に至るまでその疾患があげられている。

急に発症したことではなく、特に左目が開いていられない辛い症状は度々だったが、いつも皆には分からないようにボランティア先でも笑顔で誤魔化していた。だが最近はだんだん症状が進み、とうとう見つかってしまったのである。

この日、どういう症状を見られてしまったのか聞いてみると、左目が薄く閉じられ上瞼がピクピク動いているというのである。これを歯科医はチック症と言っている。

以上のことを笑顔とジェスチャーで、膝を交える母親の顔を見ながら息子である元企業戦士に語った。
息子は心配そうに真剣に聞き入ってくれたが、やがてボランティアの時間が終わった。

母親を見ると、認知症だけでなく難聴も酷くなっている筈であるが、認知症独特の疎外感や退屈している様子は少しも感じられず、無言の笑顔で私たちの会話に参加している。お手玉とあやとりの遊び道具は目の前に並べられたままで。

 何と言うことだ。私が看護される日となってしまった。済まないことをしたと私は心から詫びた。
すると母親は、「お手玉はまた今度すればいいじゃないか」と言う。そして「おおきに」「おおきに」と何度も振り返り、息子と腕を組んで帰って行った。

その姿をもう一人の私が追いかけて行き「行かないで!いっしょにいて!」とすがっていた。
それにしても私の要求に快く開けてくれた母親の口腔内にしっかりと入っている金属の入れ歯が気になった。

                                         ゆう

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