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ヒッグス粒子と人類

 「ヒッグス粒子と人類」                                              

  2012年7月4日 物の質量(重さ)の起源とされる「ヒッグス粒子」という新しい粒子を欧州合同原子核研究機関(CERN)の国際チームが発見したというニュースを耳にしました。ヒッグス博士が予言をし、年内に確定するとの発表。その粒子がどういうものか関係者たちは様々な喩えを持ち寄ってその説明に四苦八苦していましたが、ますます頭が混乱する有様でした。

  同月15日に日本経済新聞は明確な解説を公表し、人々は安堵したに違いありません。それは生命誕生へとつながる宇宙の仕組みに目から鱗となる感動的なニュースでした。
素粒子とは物質を原子・原子核・中性子とどんどん細かく分け、もうこれ以上分割できないというところまでいった最後の物質が素粒子となります。
素粒子には物質を構成する素粒子12種類と力を伝える素粒子4種類と質量の起源の素粒子1種類の合計17種類があり、17番目のヒッグス粒子が今までみつかっていなかったとのことです。

  宇宙誕生直後に生まれた素粒子は質量ゼロで当然中身も大きさもなく、これが光速で飛びまわっていた「光の宇宙」時代がありました。ビッグバンから約30万年を境に、今日発見されたヒッグス粒子という質量を持った素粒子が集まって「物質の宇宙」ができあがっていったわけです。それは宇宙の水あめのような存在で、まとわりついて質量が生まれると端的に述べています。
そして原始的な銀河や無数の星が生まれ、太陽や地球ができ生命誕生へと繋がっていきます。新たに発見された17番目の素粒子「ヒッグス粒子」がなければ私たち人間は存在していないことになるのです。

  「ヒッグス粒子は宇宙の水あめのような存在・まとわりついて人類誕生」

  質量には二種類あり、ひとつは体重計などはかりに載せて測定した時の重さ、もう一つは力を加えたときの加速のしにくさ、動かしにくさ。この二つは物理学では等価原理といい重さは同じとのこと。
日経新聞はこの動きにくさと重さの関係を分かりやすく説明しています。これを私は自分なりに引用してみます。
私はよく自転車に乗ります。後ろの荷台に籠いっぱい収穫した根菜類を乗せています。そのため自転車は重くて動きにくい。しかも歩道は通学路で学生たちが連なって歩いている。何もなければスイスイと走るのだが、とても動きにくい、つまり重い。ここで自転車は素粒子、私が自転車を引っ張るのは力。学生たちが邪魔をする人でこれがヒッグス粒子となるのだそうです。
この邪魔をする人を水あめに例えると、突然水あめの壁ができて、まつわりつくようになるから引っ張っていた私は重くなったと感じる。

  この素粒子の質量にも種類があって一定ではないことを4日の発表会場で「CERN」の所長は「今日のピーター・ヒッグス氏は本当に重い」と冗談を飛ばしたそうです。
つまり、ヒッグス氏が部屋に入ると研究者や記者が取り囲み、人だかりができました。ヒッグス氏はなかなか前に進めません。ヒッグス粒子がたくさんまとわりつく性質の素粒子ほど質量が大きいとされます。ヒッグス氏が素粒子、取り囲んだ人たちがヒッグス粒子。人気のヒッグス氏は「重い素粒子」。逆に部屋をスッと通れる人は「軽い素粒子」とのこと。
このように質量を持った素粒子が集まって原子核や原子ができ、物質、星や銀河、地球になって生命が誕生していったのですね。

   「我々はどこから来てどこへ行くのか」

  ヒッグス粒子のお蔭で私たちは生まれ、ひとときは青い地球で暮らしますがやがては未来の太陽の熱で気体となり肉体は消えていきます。でも魂は銀河系内の物質の素粒子に還っていきます。
人間の寿命は延び人生が長く感じますが、気の遠くなるような宇宙原理の中で、私たち人類は空間的にも時間的にも今の瞬間に現れて次の瞬間にはいなくなる点のようなところで今の瞬間を生きているわけです。そのような中で人間はどんな存在で、どんな価値があるのか、自分の気持ちをどこで満足させるのかが大切な課題となります。
生きる手段は十人十色ですが、万人共通の宇宙に適った基本的な生き方は次のようであると考えます。

  まず、多くの命ある生き物の中で、よくぞ人間として生まれてきたものぞと感謝し、大自然を愛し、サムシンググレートに畏敬の念をいだき、人類愛とすべての生命との共生の中で生きぬき、その中で自らの人生を心から楽しむことである、と。
再び質のよい素粒子に還るために。
 
                          2012年9月4日
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