優しい時間 「十」


「皆で生け花―秋の色」

 「くたびれた! コーラが飲みたい」
いつもどこか冷めているKさん、活け終っての第一声です。
現役時代アメリカでの暮らしの中で、コーラで乾杯する機会が多かったのであろうか、彼女なりの達成感の表現と思いたい。 前回は苦戦の末、完成の暁に飛び出した言葉は「トレビアン!」でした。

 四ヶ月後二度目の訪問。初回のような緊張した雰囲気はなく活け花を冷静に楽しんでおられる様子。他の棟と同様にここでも変化が感じられる。

 「ますます若くなってるけど、若水でも飲んでるんかい?」
時々訪れる私を本当に覚えてくれているのだろうか。
「Yさんだってお元気そうで、若々しいよ」と返すと、
「あたしゃ、冷や水飲んでるんだよ。年寄りのね。」

ぽんぽんと返す冗談は心身共々元気な証拠。温度差の無い性格が周囲を明るくしている。
真っ赤に紅葉したカラスウリの蔓を根基に活けてYさんとKさんのコンビは完成。

 京都松月堂古流を学んだお年寄りがいらっしゃる。
奈良時代、鏡(がん)真(じん)和上(わじょう)が東大寺大仏殿の盧(る)遮那仏(しゃなぶつ)に花を献じたのが、松月堂古流・松月古流の花の起こりと言われている。 京都高山寺の明恵(みょうえ)上人(しょうにん)は、東大寺の僧の時代に「高弁(こうべん)」と名乗り、五つの枝で「あるべきように」と陰陽五行の立体的な花体を考案し、この花体が古流と言われる由縁。
鎌倉時代に入って奈良西大寺の叡(えい)尊(ぞん)上人は、明恵上人の考えを受け継ぎ、明恵上人の古流に「松月堂」という自分の号を組み合わせて松月堂古流という花を編み出したとあります。
この由緒ある古の心を今も忘れずに楽しんでおられるお姿には感服します。

 一方、池坊経験者もお二人いらっしゃる。
池坊、その発祥地は京都の真ん中六角堂にあります。
聖徳太子との所縁で、太子が沐浴された池のほとりに、小野妹子を始祖と伝える僧侶の住坊があったので「池坊」と呼ばれるようになったとのこと。朝夕宝前に花を供え、それが代々いけばなの名手として知られるようになり、生け花が広がった由来です。飛鳥時代ですから最古の生け花の根源ということになりますね。その理念は単に美しい花を鑑賞するばかりではなく、花をいけることによって、悟りに至ることが出来る花道へと導かれたのです。

 さくら棟には華道を志した人が三人もおられるのです。忘却の人も加えると、悟りの境地に到達した人による無の空気が大きな渦を巻いて漂っているかもしれません。若輩者釈迦に説法といった感です。

 因みにボランティアの先生の流派は「MOA光輪花」です。
創立者岡田茂吉師の提唱で、身近にある“花”をいけることを通して「美と出会い」「美を楽しむ」ことから、花のあるくらし、心ゆたかで生きがいある人生を生きる「人づくり」「幸せな家庭づくり」「美しいまちづくり」を目的としています。

微弱ですが、少しでも何かのお役にたてればと願う私たちです。<
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今日活けた花は   ススキ、ナンテンの葉、千両、コスモス、キク(エンジ、黄色、白)、ツワブキ、チェリーセージ、ユズリ葉、カラスウリ(葉)たちでした。
秋の花たちよ ありがとう。

          2012年11月11日(日)さくら棟にて<div class="jugem_theme">JUGEMテーマ:<a href="http://jugem.jp/theme/c1/1/" target="_blank">日記・一般</a></div>
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優しい時間 「九」

みんなで活け花

  ♪もしも人々が「思いやり」を失くしたら
  地球は一秒で消えてしまうね・・・



「OMOIYARIのうた」が今全国で静かに広がっています。2008年の調査によると愛知県が全国で一番いじめの報告件数が多いことから藤田恵美さんと県内の全小学校の子供たちが作り上げた曲。

 なんとこの歌を万寿の森グループホームのお年寄りが歌っているのです。歌詞カードを指で示しながら一心に。 「皆で活け花」をスタートしてから四ヶ月後、二度目の訪問です。当時も好奇心旺盛で元気のよいお年寄りたちでしたが、さらに輪をかけて明るい表情で迎えてくれました。
そこには以前とちがう空気が漂っていることに気付かされるのに時間はかかりませんでした。
何だろう!?この雰囲気は… それは「思いやり」の空気でした。
ホームのリビングにはBGMが静かに流れています。聞き覚えのあるメロディに一瞬呆然と佇む私。心の森に響いた自作の作品集と気付くと胸にこみ上げるものを感じ、ホーム長やヘルパーたちの行き届いた配慮が密度の濃い「思いやり」の空気を作っていたのです。
 この日、施設長自らが秋の野草をバケツいっぱい摘んできて、ススキやコスモスがお年寄りの集まるテーブルの上で存在を主張しています。
四つのコンポートにはたっぷりの水を含んだオアシスがスタンバイ。生徒たちは活ける合図を待ちきれない様子。
 生け花の先生・・・花を活けると脳が喜びます。
 施設長・・・短めに切って、どこから見てもまーるくきれいに活けてください。
を、合図にみんなバケツの中から思い思いの花を選び、集中力スイッチオン。
考える脳、戸惑う脳、混乱する脳から楽しむ脳、安心する脳、安らぎの脳へと変化する過程が動作と顔の表情から窺えます。

 一つのペアがいち早く完成。三つのペアは苦戦中。花たちは成されるがまま。
やがて切り落とした小さなつぼみも可哀そうだからと挿し込んで終了。

 やれやれ。安堵感漂う中、いつもの「おめでとうのうた」
♪花束抱いてるあなた、あなたが咲かせた花みたい、あなたの笑顔も花みたい…
歌い終わるとまたまた楽しいお茶の時間です。

心が安らぎました。
難しかった。
お陰様で楽しかったです。
花を活けるとみんな見違えるようにきれいになったね(施設長の言葉)
血液の循環がよくなるから…(先生の言葉)
心がわくわくした
同じ花でも活けるとみんなちがう

月末には施設長の携わるすすき野中学校体育館で行われるイベント「すすき野フェスタ」に出演するために、「OMOIYARIのうた」手話付と「夜明けのメロディ」「ありがとう―感謝」の三曲を特訓中とのこと。
すすき野中学校の玄関には生け花の先生たちによって「花を見た人に一瞬でも安らぎを感じてほしい」との願いから、毎週生け込みボランティアが行われている。

「♪思いやりは世界を幸せにする魔法♪」で締めくくられている歌の通り、
  「思いやり」の輪がみんな繋がっていることを意識させられた素晴らしいひとときでした。

今日活けた花は
  ススキ、ヒマワリ、サルスベリ、コスモス、キリン草、オトコエシ、アオキ、千日紅、アカメガシ、キク、シュウメイギク、キバナコスモス、ペチュニア、アカツメグサ、セイダカアワダチソウたちでした。
秋の花たちよ ありがとう。

              2012年10月14日(日)ぼたん棟にて                        追記

     「おめでとうのうた」          楠木しげお作詞

一、花束だいてるあなた あなたが咲かせた花みたい
  おめでとう おめでとう おめでとう」

二、花束だいてるあなた あなたの笑顔も花みたい
おめでとう おめでとう おめでとう」

ラララララララ -------ルルルルルルル
  ララララ ルルルル ランランラン
      (くりかえし)
              
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優しい時間 「八」

  「くさび」を忘れて                            

「あっ! どうしよう!」
戸惑いの奇声をあげたのはTさん。
今度は何だろう。一瞬不安感が皆の心に宿りました。

 入居者80名とデイ30名の待つ老人施設青葉の丘で、琴の演奏の準備のため荷を解き始めたその時のことです。楔を忘れたと言うのです。
くさびは立奏台を組み立てるとき、ぐらぐらしないよう隙間に打ち込むための形状で必要不可欠な部品です。取りに戻る時間はありません。そこで咄嗟に思いついた知恵、施設から割り箸を提供していただきました。 1膳を三つに折り隙間に埋め込みました。立奏台二台で八か所、10膳の割り箸とその小袋がくさびの代用となり、一件落着となりました。

和箏の演奏をお年寄りが喜ぶと言うことでいろいろな施設から要請がありますが、演奏するためには爪ひとつ忘れても用を足せません。マイカーに積み込む前に細心の注意が必要となります。それでも忘れてしまうのは人間だからです。

 琴柱を立て、調弦を済ませた琴と諸々の小道具を携えて三階の大広間に着くと、すでに80名のお年寄りが車椅子に座して整然と並んで待っています。待ち疲れてはいないだろうか。ここまで出揃うにはかなりの時間がかかったはず。入居者を退屈させないための種々イベントを企画する施設側の配慮も感じさせます。 一望すると、窓の景色からは保木公園の樹林が広がり環境は至高の空間となっている。

 八橋検校の「六段の調べ」を演奏しました。この年代のお年寄りの多くは宮城道夫の音楽になにがしかの影響を持っています。太ももに指を置いて弾く真似をしたり、口三味線なども脳のアプローチへとつながります。ふと思います。私たちが車椅子の席に座ったら、どんな音楽に心躍るだろうかと。

 ま、余計なことは考えず、お年寄りを思いっきり元気にさせるには、声を出すこと、歌をうたうこと。童謡や歌謡曲をたくさん用意し、次々と歌っていただきました。表情豊かな人もそうでない人にもマイクを振り、この瞬間を楽しんでいただきました。

 マラソンコンサート。三階が終わると直ちに琴を担ぎデイサービスのお年寄りの待つ一階に移動。すでに30名のお年寄りが広々としたロビーに縦長に座っています。デイはさすがにお元気な方たちが多く会話も弾みます。

 施設の佇む環境に感動するとそうだとばかりに身体で応えてくれます。何と言っても一番は緑です。鶯のあまりにも上手な鳴き声にその音源を探すと、市街化調整区域の保木の森の緑の中でした。

 皆で歌った歌は夏の思い出・富士の山・赤とんぼ・荒城の月・影を慕いて・北上夜曲・あざみの歌・こがね虫・浜辺の歌・浜千鳥・故郷・上を向いて歩こう。

 北上夜曲を気持ちよさそうに歌っている男性に尋ねるとその発祥の地がご自分の故郷と応えてくださいました。 

 施設の愛唱歌となっている故郷を大合唱し、エンディングの夕焼け小焼けにノスタルジックな気分を誘い、ちょっぴり別れを惜しみました。 「みなさまお元気で。またお会いしましょう」     

 何よりも感謝せずにはおれない道具、楔の役割を最後まで完璧に果たしてくれた割り箸たちでした。お琴をしっかりと支えてくれたのです。

            感謝!                                                     完 
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ヒッグス粒子と人類

 「ヒッグス粒子と人類」                                              

  2012年7月4日 物の質量(重さ)の起源とされる「ヒッグス粒子」という新しい粒子を欧州合同原子核研究機関(CERN)の国際チームが発見したというニュースを耳にしました。ヒッグス博士が予言をし、年内に確定するとの発表。その粒子がどういうものか関係者たちは様々な喩えを持ち寄ってその説明に四苦八苦していましたが、ますます頭が混乱する有様でした。

  同月15日に日本経済新聞は明確な解説を公表し、人々は安堵したに違いありません。それは生命誕生へとつながる宇宙の仕組みに目から鱗となる感動的なニュースでした。
素粒子とは物質を原子・原子核・中性子とどんどん細かく分け、もうこれ以上分割できないというところまでいった最後の物質が素粒子となります。
素粒子には物質を構成する素粒子12種類と力を伝える素粒子4種類と質量の起源の素粒子1種類の合計17種類があり、17番目のヒッグス粒子が今までみつかっていなかったとのことです。

  宇宙誕生直後に生まれた素粒子は質量ゼロで当然中身も大きさもなく、これが光速で飛びまわっていた「光の宇宙」時代がありました。ビッグバンから約30万年を境に、今日発見されたヒッグス粒子という質量を持った素粒子が集まって「物質の宇宙」ができあがっていったわけです。それは宇宙の水あめのような存在で、まとわりついて質量が生まれると端的に述べています。
そして原始的な銀河や無数の星が生まれ、太陽や地球ができ生命誕生へと繋がっていきます。新たに発見された17番目の素粒子「ヒッグス粒子」がなければ私たち人間は存在していないことになるのです。

  「ヒッグス粒子は宇宙の水あめのような存在・まとわりついて人類誕生」

  質量には二種類あり、ひとつは体重計などはかりに載せて測定した時の重さ、もう一つは力を加えたときの加速のしにくさ、動かしにくさ。この二つは物理学では等価原理といい重さは同じとのこと。
日経新聞はこの動きにくさと重さの関係を分かりやすく説明しています。これを私は自分なりに引用してみます。
私はよく自転車に乗ります。後ろの荷台に籠いっぱい収穫した根菜類を乗せています。そのため自転車は重くて動きにくい。しかも歩道は通学路で学生たちが連なって歩いている。何もなければスイスイと走るのだが、とても動きにくい、つまり重い。ここで自転車は素粒子、私が自転車を引っ張るのは力。学生たちが邪魔をする人でこれがヒッグス粒子となるのだそうです。
この邪魔をする人を水あめに例えると、突然水あめの壁ができて、まつわりつくようになるから引っ張っていた私は重くなったと感じる。

  この素粒子の質量にも種類があって一定ではないことを4日の発表会場で「CERN」の所長は「今日のピーター・ヒッグス氏は本当に重い」と冗談を飛ばしたそうです。
つまり、ヒッグス氏が部屋に入ると研究者や記者が取り囲み、人だかりができました。ヒッグス氏はなかなか前に進めません。ヒッグス粒子がたくさんまとわりつく性質の素粒子ほど質量が大きいとされます。ヒッグス氏が素粒子、取り囲んだ人たちがヒッグス粒子。人気のヒッグス氏は「重い素粒子」。逆に部屋をスッと通れる人は「軽い素粒子」とのこと。
このように質量を持った素粒子が集まって原子核や原子ができ、物質、星や銀河、地球になって生命が誕生していったのですね。

   「我々はどこから来てどこへ行くのか」

  ヒッグス粒子のお蔭で私たちは生まれ、ひとときは青い地球で暮らしますがやがては未来の太陽の熱で気体となり肉体は消えていきます。でも魂は銀河系内の物質の素粒子に還っていきます。
人間の寿命は延び人生が長く感じますが、気の遠くなるような宇宙原理の中で、私たち人類は空間的にも時間的にも今の瞬間に現れて次の瞬間にはいなくなる点のようなところで今の瞬間を生きているわけです。そのような中で人間はどんな存在で、どんな価値があるのか、自分の気持ちをどこで満足させるのかが大切な課題となります。
生きる手段は十人十色ですが、万人共通の宇宙に適った基本的な生き方は次のようであると考えます。

  まず、多くの命ある生き物の中で、よくぞ人間として生まれてきたものぞと感謝し、大自然を愛し、サムシンググレートに畏敬の念をいだき、人類愛とすべての生命との共生の中で生きぬき、その中で自らの人生を心から楽しむことである、と。
再び質のよい素粒子に還るために。
 
                          2012年9月4日
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映画「最強のふたり」

           映画「最強のふたり」
                                                 

 久しぶりの映画鑑賞、試写会「最強のふたり」に友人が誘ってくれたお蔭で元気をいただきました。私にとっては洋画でこれほど感動したことはない奇跡の感動実話映画でした。
フランス、ドイツ、オーストリア、スペイン、イタリア、スイス、ベルギー、ポーランドなどですでに興収1位を得、9月1日ついに日本へ。ヒットが楽しみとなるフランス映画です。

 フランソワ・クリュゼが扮するフィリップは大富豪、事故で全身マヒとなり車椅子で生活しています。インテリでシニカルだが思慮深い性格の持ち主。5年前に妻を亡くしています。
 一方オマール・シー扮するドリスはスラムで生活する大家族の長男、事件を起こし収監され、出所して間もない。女好きで下ネタを連発する粗野な男だが性格はとても優しい。

この出会う筈のない二人が常識破りの人生に溢れるユーモアでストレートに繰り出すのですが、ハラハラさせられるなかでも介護や人間関係などに考えさせられるヒントが隠されています。

大まかなストーリーは
車椅子生活をおくる大富豪フィリップは、介護者面接の中で「不採用のサインをくれ」とやってきた黒人青年ドリスに興味を持ち採用します。そこからふたりの異文化の生活がはじます。フィリップにとっては趣味も嗜好も異なる戸惑いの中でも、正直で優しいドリスの言動に心が開かれていきます。ある日ベッドで苦しむフィリップに滲み出る額の汗を拭い呼吸を穏やかにさせて外に連れ出します。介護のマニュアルにない真の人間関係を感じさせる場面でもあります。
やがて二人は数々の冒険に挑んでいきます。スポーツカーに乗り地の果てまで走らせ、パラグライダーで空を飛び、風俗にもそしてオーケストラをバックに踊るなど新しい挑戦を心から楽しみ二人の間にはユーモアに富んだ最強の友情が育まれていくのです。

俳優の片岡鶴太郎は
 「人間の根源の魂の出会いとは、このことである。人間には『社会的な出会い』と『魂の出会い』とがある。しかし、人間の本来の出会いとは魂が根源の出会いである。それを言葉なくして語る映画である」 と絶賛しています。

とにかく笑いと涙あふれ、いつまでも止まらない私でした。今もなお温かい余韻に浸っています。

                            2012.8.26
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